ちゃちゃさんの作品

 












シエラが産気づいたのは、それから一月くらい後の、上天気の日だった。

予定どおりの出産日だったし、医者もこころえていてくれて。


何の問題もない、はずだった。


初産にしちゃ、そこそこの安産で。
時間もめちゃくちゃかかった、ってほどでもなかったんだが。


そう、気になったのは生まれた子供が少し小さかったってくらいのもんだった。
それでも待望の男の子だったし。
・・・・いや、女だったら女だったで、やっぱり嬉しかっただろう。
それはオレも素直にそう認める。


シエラも消耗はしてたが、幸せそうにしてやがった。

だから、すぐには気がつかなかったわけさ・・・・オレ様も。



・・・・オレが、その違和感に気づいたのは、
ガキが生まれてどのくらい時間が過ぎたころだったんだか、
・・・・今でもはっきりしねえ。

生まれた瞬間からしばらくは、オレらしくもなく舞い上がっていて。

シエラに、それこそオレらしくもねえ優しい言葉をかけたような気もする。


だが。


ふと気づいた。

満面の笑み、を浮かべているのは、シエラと、おそらくオレと。

・・・・ふたりだけだという事実に。





 「艇長。 ちょっと外へ出ないかね。
  そろそろヤニが恋しいだろう? ・・・・わたしもなんだ」


・・・・医者に言われて。

外へ出た時には、もう、オレ様もへんに覚悟ができてた。


 「・・・・先生さまよ。 いったい何だってえんだよ・・・・?
  なんかあるんだろうが・・・・? いいたいことが、よ」

 「・・・・・・・・心臓機能が・・・・」


その後の説明を、オレ様はたしかに聞いたはずなんだが。
難しかったってだけじゃなく、理解できなかった。
おそらく気持ちが理解することを拒否しちまってたんだ、と思う。




・・・・・・・・なぜ。

なんで、オレとシエラの子供が、そんなわけのわからねえ病気じゃなくちゃいけねえんだ?

こんな、叩いても死なねえようなオレ様と、阿呆でのんきな、あのシエラとの子供が。


 「先天性の奇形でね・・・・。まあすぐに死ぬということはないんだが・・・・」


かろうじてその言葉は、理解できた。


 「・・・・いつまで生きられるんでい・・・・」

 「・・・・統計的には、10才が平均だ・・・・・・・」


・・・・・・・10才。


猫だってもうちっと長生きするやつが多いくらいじゃねえか・・・・。

なあ? ちがうか?


 「・・・・なにが悪かったんだ、とかは・・・・聞かねえほうがいいんだろうな・・・・」

 「いや、それは聞かれてもわからないとしか言えない。
  この病気は遺伝ってわけでもない。
  本当に・・・・運が悪かった、だけで・・・・」



・・・・運、ねえ。

・・・・・・・・運が、悪かった、ねえ・・・・。



 「・・・・・・昔なら・・・・神羅があった時代なら
  うまれる前に事情がわかっていたはずなんだが・・・・・・・・」


・・・・・・・・。

 「・・・・それで? 生まれる前に殺せたはずなんだが、ってことかい?」

 「・・・そんなつもりじゃ、ない!
  ただ、心の準備もできただろうとっ!!」

 「先生はそうだろうが、神羅のやつらはわからねえ。
  ・・・・・・・・オレは・・・・そういうのは好かねえ・・・・」

 「・・・・艇長・・・・・・」

 「シエラには・・・・しばらく黙っていてやってくんねえか・・・・」

 「・・・・・・わかった・・・・・・」












みんなが気をきかせてくれたのか、オレ様は気づくとひとりきりになっていた。


いつの間にか、座り込んで、空を・・・・見ていた。



――――――― ああ。 宇宙に、行ったんだっけな、オレは。

ふいに、そんなことを思い出す。


無限に広がる宇宙の空間に。

子供の頃から憧れてた。


たとえたったひとりの宇宙旅行でも、オレ様には望むところだった。

まだ、本当の孤独の意味もしらなかった、若い日の夢。







 「艇長! 来てくれ!!」


放心していたオレは、でかい声で呼ばれて、いきなり現実にひきもどされた。


 「看護婦が・・・・問いつめられて、しゃべってしまったらしい!
  泣いてあんたを呼んでる!早く来てやってくれ!!」


・・・・・・なんだって?

誰が、呼んでるって?



・・・・・・・・オレはその瞬間、少しばかり逃げ出したくなってたんだろうと思う。

ははは。
このオレ様が。だ。


・・・・恐かったんだ。・・・・どうしょうもなく。
自分の女房と面とむかうことが、よ。






・・・・・・・・なあ、みんな。

あの頃。 

・・・・・・・どうしょうもねえくらいでかい敵と戦ってたあのころ。


おまえらは、こんな痛みを知ってたか?

モンスターと戦ってできた傷なんか、問題じゃあねえ。

でけえドラゴンの炎の恐さも、くらべものになんねえ。


・・・・・・・自分の大事なものが傷付く時の、
この、心の痛みにくらべれば。
この、恐ろしさにくらべれば。

そんなもんは、なんでもねえ・・・・。

なあ? 知っていたか? 知っているか?
こんな痛みがあるってことをよ・・・・・・・・。






・・・・なかなか動こうとしないオレに、医者が焦れて怒鳴った。


 「艇長!!
  あんたの女房だろうが!!」


ああ、そうさ。 ・・・・わかってる。

言うべきことも、わかってる。



何があっても、オレ様はおまえのそばにいる。

あの時、そう約束したからな。
あの大空洞で。

生きて帰れたら、絶対おまえのそばを離れねえ、と。



 「さあ!! 急いで!!」

 「・・・・ああ」






シエラは・・・・数人の看護婦になだめられて少し落ち着いてはいたが
それでも、まるで別人みたいにとりみだしていた。

オレが入っていったら、また泣き出しちまって・・・・。



 「・・・・泣くんじゃねえよ」

 「・・・・ご、ごめんなさい・・・・ごめんな、さい・・・・あな、た・・・・」


・・・・なんで謝るんだ?

阿呆か。 おまえは。


 「ばかやろう!!
  そんなこと言ったら、あいつが可哀想じゃねえかっ!!
  どうしてあいつが生まれてよかった、って思えねえんだっ?!!
  オレらがそう思ってやらなくて、どうなるってえんだっ?!!
  ええっ?!」

・・・・オレのあまりの剣幕に、シエラよりも周りが飛び上がった。

 「て、艇長っ!!
  どなってどうするんだっ?!
  こんな時くらい、優しくできないのかっ? あんたは!!」

医者が血相をかえてオレにくってかかる。

 「うるせえっ!!」

 「・・・ごめんなさい・・・・」


ああ! またそれかよ!!
どうしておまえって女は・・・・・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・しかたねえ、か・・・・。



・・・・それがおまえ、なんだものなぁ・・・・・・・・。






 「・・・・先生様よ。 ちょっとはずしてくれねえか」

 「え? で、でも・・・・」

 「邪魔なんだよ。 野暮な医者だぜ」


オレはできる限り穏やかに言った。
・・・・その努力の甲斐あって、医者は看護婦たちを連れて部屋を出ていってくれた。


ふたりきりになって。

オレは、逃げ出したがる自分を励まして、シエラの身体を抱いた。


 「・・・・・・・いいか。一度しかいわねえから、よく聞け」

 「・・・・・・・・はい・・・・」

 「おまえは、この世にひとりしかいねえ」

 「・・・・・・・・」

 「オレ様が、宇宙を捨ててまで選んだのは、おまえなんだ」

 「・・・・・・・・あなた・・・・」

 「そしてな。あいつも・・・・この世にひとりしかいねえ。
  オレにとっては、かけがえがねえんだよ。
  ・・・・・・・・だから、後悔するんじゃねえ。いいか?」


腕の中で、小さくうなずくのがわかった。

震えている細い身体を抱き締めていると、
シエラの想いが触れあった部分から流れこんでくる気がした。






・・・・・・・・・・・・冗談じゃねえ。

オレ様が。


このシドさまが、女房と抱きあって泣くなんざ、ありえねえ。


なあ?


そうだろ、みんな。





・・・・でもよ。 きっとおまえらも、
こんな痛みをどこかで味わっているんだろうな。


幸せってやつは、どうにもそれだけではやってきちゃくれねえらしい。

どこかで代価をぶんどらないではいられねえらしい。


だから。

「約束の地」があったとして。

きっとそこは楽園なんかじゃ、ねえんだろう。


それでもよ。

オレはそれが本当だという気がしてきた。

それが本当の「約束の地」なんだろう、ってな。


だからオレはもう、宇宙に憧れたりは、しねえ。


・・・・・・・・ここが辿り着くべき場所だったんだから。





なあ?そうだろう? みんな。




――――――― いつか、また。

ここの青い空を見にきてくれ。

・・・・・・・・オレが選んだ場所から見える、この空を、な。


すっかり所帯くさくなったオレ様を、見せてやるから、よ。


















fin 2003,5,17