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「それではクニーさん達のミノタウロス討伐を祝して乾杯っ!」

 主人の音頭に合わせてジョッキが揺れる。クニーR達のために一階の酒場は貸し切りとなり、宿に泊まっている者すべてに酒が振舞われた。近所からも物見遊山の客が集まり相伴(しょうばん)に預かっている。
 テーブルには《潮騒亭》お抱えコックが腕を振るった自慢の料理と、ネプトリア近海の幸が運ばれ、床にはエールとワインが樽で並べられていた。

「いやぁ、すごいですね。5万の賞金首を倒すとは!」

「さあ、どんどん飲んでください」

 次々に賛辞の言葉を浴びせられクニーRはすっかり上機嫌だった。エリカも悪い気はしなかったが、こういう席が苦手なユリアは少し困惑しているようだ。

「エリカちゃんがとどめを刺したんだってね」

 主人が嬉しそうにエリカに声をかけた。

「完全にとどめは刺せなかったけどね」

「俺がやってればもっと早く片付いたんだがな」

 クニーRが口を挟んだ。

「あたしが戦ってた頃、クニーはのんきにお宝探してただろ」

 どっと笑いが起きる。

「これで冒険者ランクが上がるんじゃないかい?」

「どうかなぁ?ギルドは何も言ってなかったし、B級になるにはまだポイントが足りないかも」

 ギルドでは加入している冒険者をランク分けしている。実力や功績によってランクを定め、その能力に見合った仕事を斡旋しているのだ。
 ギルドに加入するとまずD級ライセンスが与えられ、ある程度の実績を上げればC級、B級、A級とランクアップする。また、A級の中でも国家規模、世界規模の功績があるものには特にS級ライセンスが与えられ、“英雄”として名を馳せている。

 もちろん冒険者ランクは目安であり、実力が伴わない場合もある。
 現在エリカとユリアはC級、クニーRはD級ライセンスを所持している。クニーRは正規の仕事より裏取引や公に出来ない危ない仕事、つまり報酬の多い仕事を選ぶためポイントが低いのである。もっとも、良くも悪くもクニーRのようにそれなりの知名度があれば、ランクは低くとも大きな仕事が与えられるのだが。

 宴も酣(たけなわ)となり、宿に楽師がリュートを奏(かな)で始めた。

「ユリア飲んでる?」

 エリカはバルコニーで夜風に当たっていたユリアに声をかけた。

「私よりクニー様に勧めてあげてください」

「クニーは勧めなくても飲むからほっとけばいいの」

 エリカはきわどい衣装の踊り子に今夜の予定を聞くクニーRをチラリと見た。

「しばらくはここで待機かな」

「そうですね。ですが…」

 ユリアの言葉を遮(さえぎ)るように玄関のベルが鳴った。

「はーい」

 応対に出た主人が血相を変えてすぐに戻ってきた。

「クニーさん、お城から使いの方が…」

 主人の様子に詩人は演奏の手を止めた。

「城だと?」

 クニーRは踊り子との会話に水を注されて不機嫌そうに反問した。

「ええ、とにかく来てください。エリカさんたちも」

 主人はバルコニーの二人に向かって呼びかけた。

「ちょっと待ってな」

 クニーRは持っていたグラスを踊り子に渡して玄関に向かった。エリカとユリアもそれに追随する。
 玄関にはネプトリアの紋章が刻まれた鎧に身を固めた騎士が兵士二人を従えて立っていた。

「冒険者クニーRの一行か?」

 騎士は居丈高(いたけだか)に問うた。

「そうだが?」

「国王陛下の使いで参った」

 騎士はネプトリア王の印が記された書を開いて見せた。

「その方ら、賞金首の怪物を退治したそうだな?その腕を見込んで王直々に頼みがあるそうだ。明朝宮殿へ参られよ」

 騎士は一方的にそう告げると、クニーRに王の書を突きつけた。

「嫌だと言ったら?」

「…王の依頼を断るだと?このネプトリアに居れると思うなよ」

 騎士は突き出した腕の引っ込みがつかず、虚勢を張った。

「フッ…」

 クニーRは面白そうに書を手に取った。

「わかったわかった」

「遅れるなよ」

 騎士は捨て台詞を吐くと踵を返して足早に宿を後にした。

「あれが人にものを頼む態度かよ。よく我慢したね」

 それまで黙っていたエリカが吐き捨てるように言った。

「ふん、城に住んでる連中なんてあんなもんさ」

 クニーRはさして意に介していないようで、書を見てニヤついていた。書はただの入城許可証で、依頼の内容までは記されてなかった。

「たっぷりふんだくれそうだな」

「どんな依頼なんだか、嫌な予感がするな……」

 エリカは楽観的なクニーRから書を取り上げて呟いた。

「そんなことより宴の続きだ。今夜は朝まで飲むぞ」

「もう、クニーはお気楽だね」

 エリカは溜息を吐いたが、その顔にはいつもの明るさが戻っていた。

 

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