ちゃちゃさんの作品

約束の地 〜ルクレツィア編〜




  1



風の音が、少し違っている気がした。

新種のモンスターが山を渡ってきたのかもしれない。

だからといって、何がどうというわけじゃないのだけれど。
身を守るなんてことを、もう私はとうに放棄したのだから。
それなのに・・・今もこうして、生きて・・・生かされているのだから。



祠の外に出てみると、青すぎる空が目に突き刺さった。

あまりの青さに、
「お前は罪人なのだ」と言われている気がする。




ふふ、バカね。
嵐が近付くと、空がこんなふうに透き通ることが、よくあるものだわ。
さっきの風の音からいっても、そうに違いない。

・・・・でも。

この青さが私を断罪してくれたほうが・・・

・・・・よそう。
救われたいと思うことさえ罪深い。

私はそういう存在(もの)なのだから・・・・。






草原の緑と、澄み切った湖の青の上を
足早に雲の影がわたっていく。
ありふれた夏の情景。



・・・・こんなにも、世界は美しい。

胸が痛いほど、すべてが、光り輝いている。
すべてが、ここにあるべく祝福されている。

「神などいない」とあの人は言った。
それは正しいことかもしれない。
それでも。

全てのものは、もともと星の力によって祝福された存在だったのだ。

あのころ。

どうしてそれに気がつかなかったのか。

悔やんでももう・・・・全ては遅い。

誰も私を許さないだろう。

・・・・・・誰より私自身が

けして、

私を許さないだろう。






強まりつつある風の中、ふと小さな不安がよぎった。

数えるほどしかない、立ち木のひとつに、数日前からちいさな小鳥の巣がかかっていたのだ。

足早に、心当たりの木に走りよって見上げると、
やはり巣の位置が傾いてしまって、巣の持ち主らしい小鳥達がまわりをせわしなく行き来している。

野鳥は自分の巣に人間が手をふれると、卵ごとその巣を見捨ててしまうことがある。
たしか、そんなことを何かで読んだ。
でも、このままにしておいても、どのみち巣が落ちてしまえば卵は壊れてしまうだろう。

祠の中から足場になるものを運び出し、私は小鳥の巣に手をのばした。
小鳥達は外敵から巣を守ろうと、必死で私の手や顔をつついてきた。

「ごめんね。でも、このままじゃ、巣がおちちゃうわ。
 卵が死んじゃうから」

・・・・こんなちいさな生き物でも、自分の子供を命がけで守ろうとする・・・・。

涙で視界がにじんだ。

一度として、抱いてあげたこともない、私の赤ちゃん。

誰かが、あの子を愛してくれただろうか?
たったひとりでもいい、あの子のために、何かをしてくれた人がいただろうか?

・・・・誰も答えてはくれないとわかっているけれど、
心は問わずにいられない・・・・・・。






祠の中に巣を運んでも、小鳥達は私のそばを離れなかった。
岩壁が棚状にはり出している場所に巣をおいてやると、小鳥達はすぐに巣に入ってくれた。

・・・・・よかった。

これで卵がちゃんと孵る。

暴風雨にそなえて、祠の入り口を半分封鎖し終えたところで
まるでタイミングをはかったように、激しい雨がふりだした。

私はしばらく、その雨に見とれた。

この嵐もまた、星の命の息吹。

尊い空からの恵みなのだ・・・・・。

地面を叩く雨の音を、慈しむような気持ちで私は聞き続けた・・・・。






嵐のすぎさった後の空はさらに透き通っていた。

木々の枝が多少落ちて散らばっていたけれど、そうたいした痛手ではなさそうだ。

この小さな湖のまわりの、まばらな木々を、
そこに集う小鳥達の一羽一羽を、自分がどれだけ愛しているかを実感する。
生きている限り、人は何かを愛さないではいられないのだろうか。

いいえ・・・・そうではない人もいる・・・・。

あの人さえ・・・・・・

・・・・やめよう。
あの人だけのせいにしてしまいそうだ。

私の罪を、誰にも背負わせてはいけない。





ふいに。

小鳥達が騒がしくなった。

・・・・・おかしい。
これは嵐の前ぶれとかじゃない。

そう思った瞬間、射るような視線を感じて私は後ろの山を見上げた。
強烈な太陽の光が目に突き刺さる。


大きな鳥の影?
チョコボ?
こんな切り立った山を登れるチョコボがいるの?

まさか。

まさか・・・





その名が私の意識の表にのぼるより早く、
彼、は私のすぐ傍に舞い降りてきた。

漆黒の翼のようなマントに長い髪。
面影は出会ったころのままなのに、
まるで闇からの使者のような赤い瞳が・・・・痛々しい。





・・・・・ヴィンセント。

あなたをそんなふうにしたのも、私。
すべては私の罪。





「ルクレツィア・・・・」

「・・・・こんにちは、ヴィンセント。
 また、何か御用かしら」

・・・・あるだけの精神力をつかって、わたしは平静を装った。

「ルクレツィア、こんなところに一人でいるのはよくない。
 君が一人で自分を責め続けたところで、誰のためにもならない」

彼がそう言う前から、いいたいことはわかっていたような気がした。

優しい人。
残酷なくらい、あの頃と変わらず、優しすぎる、人。

「・・・・いいえ、私自身がこうしていたいの。
 死ぬことも許されない以上、
 ここでひとりで懺悔を続ける以外、私には・・・・」

「それは違う。
 私もかつては地下の墓地で眠りつづけることが
 自分にできる唯一のつぐないだと思っていた頃があった。
 でもそれは、ただの逃避だ。
 ルクレツィア、君はもう一度・・・・」

「・・・・ヴィン。
 あの子・・・死んでしまったあの子のために
 私はここでひとりでいるしかないの・・・わかって・・・」

「・・・・たしかにセフィロスは死んだ・・・・。
 私が、私達がこの手で・・・・」

「言わないで。知ってるから」

「・・・・え・・・?」

「ライフストリームに身を任せればすべてがわかるの・・・・。
 あそこには、すべての記憶が存在する・・・・。
 私は・・・ずっと前から知っていたのよ・・・。
 ・・・・ジェノバの本当の意味も、ね・・・」

「・・・・・」

「あの子を地獄に突き落としたのは、あなた達じゃない。
 私だわ・・・・・」

「・・・・ルクレツィア、
 前から聞いておきたかったことがある。
 彼は、セフィロスは、ほんとうに宝条の子供だったのか・・・・?」

「ええ。それは本当よ。
 いくら私がひとでなしでも、あなたの子供だったら
 あなたの意見を聞きいれていたわ」

「そう、か・・・・」

「ごめんなさい・・・・」

だから、あなたは何も気にせず、私を見捨てて。

いまだにあなたが私を愛してくれていること。
それは聞かないでもわかる。

でも。

私は誰にも私の罪をいっしょに背負ってもらうわけにはいかない。

あの時、いまわしい運命を選択したのは
すべて私の醜い欲望が原因だったのだから。










続く