ちゃちゃさんの作品




  2



科学者になろうと思ったのはいつ頃からだっただろう。

物心つく前から、花を美しいと思うよりは
植物がどうやって生まれ育つかのほうに興味があったような気がする。
学生時代は華やかに青春を謳歌するよりも、勉強をするほうが楽しかった。
それなりにボーイフレンドをつくったりもしたが、そういった男の子たちを相手に
ちゃんと「恋」をしていたかと聞かれると、素直にうなずくことはできない。

「恋」をしたのは、もっと後だった。
・・・・・あれを「恋」と呼べるのなら。

いや、あれは・・・「業」と呼ぶほうがふさわしいものだったのかもしれない。








神羅の研究グループに入れた頃、私は有頂天だった。

まだまだ下っ端の助手にすぎなかったけど、
若くして成功した天才科学者、ガスト氏を頂点にする神羅の研究グループは、
ありふれた大学の研究グループなどより、はるかに魅力的だった。
神羅の潤沢な資金をバックにしているという点でも。

研究室のおもだった施設はニブルヘイムという町の近郊にあった。

裏手にはニブル山が連なり、それをこえたところに巨大な魔晄炉が建設されていた。


私はここの研究室で、あの人・・・・宝条と出会ったのだ。

当時、研究グループには20数名のメンバーがいたが、
宝条はその中でもきわだって異質だった。
能力的に優れていた、ということもたしかだったけど、性格的に人を寄せつけがたいところがあったからだ。




今でも最初の日のことを覚えている。
他の職員が満面の笑顔で私を歓迎してくれたのとは対照的に
宝条は、チラ、と視線をよこしたきり、
「ふん、女か」という態度を隠そうともしなかった。

・・・・・・研究以外、何もできなくて、異性にもてないコンプレックスを
能力のある女に対する憎しみにすりかえているくだらない男・・・・・・。

私ははじめ、宝条をそういう男だと判断した。
そういう男のやっかみをうけるのには慣れている。
下手に機嫌をとろうとすると勘違いされてしつこく追い回されたり、
反対に無意味にいばりちらされるだけだ。

だから私はあえて宝条に関心をはらわなかった。

・・・・私は若く、自分の力と美しさを過信していた・・・・・。





一年後。

ガスト博士は歴史的な発見をした。

『古代種』の生きたサンプルだ。

古代種、とは、その名のとおり、古くからある種類の生命体のことであり、
人型だけでなく、他のタイプの生命体も存在する。

が、その中でも、特殊な交感能力をもった人種のことを呼ぶ場合がとりわけ多い。
かつては彼等もそれなりの村落をつくり暮らしていたらしいが、
今では半ば伝説上の存在になりつつある。

この、『古代種』に、どうしてガスト博士がそこまで魅入られたのかはわからない。
でも、当時の博士の研究はこの古代種のことだけに終始していた。

いわく。

古代種には星と意志を通じる力がある。
古代種には不毛の地に命を息吹かせる力がある。


そして、この古代種こそが、われわれの真の祖先だ、というのだ。

それならば、古代種の力を復活させれば、おこりつつある環境問題などは根本から解決できる、
というのが博士の理論・・・・というか、夢、なのだった。

たしかに、ここ近年、特に神羅があちこちに魔晄炉を作りはじめてからというもの、
様々な問題がもちあがってきていた。
当の神羅グループの研究室が、その解決に役立つ研究をしているというのは
体面上、悪くないことではある。

もっとも、私自身はといえば、この研究にはいまひとつ、納得できないものがあった。
あまりにもファンタジックな要素が強かったからだ。


ところが。

ガスト博士が発見したそのサンプルを見た時から、私もまた、この研究にのめりこむことになった。

そのサンプルの細胞が・・・・・・・私の科学常識をくつがえしたからだ。

その細胞は、どんな手段を用いても、破壊することができなかった。

細胞の一部を採取して様々な実験をしたが・・・・。
超高温のバーナーで焼いてみても、濃硫酸に浸してみても、
放射線のレーザーを使ってみても・・・・
いったんは完全に「死」んだと見えたそれは、時間がたつと自らを修復しはじめ、
最後には全く元の状態に回復してしまうのだった。

さらに、魔晄の力を借りると、その回復能力はさらに向上した。

そこには、細胞分裂の法則は無意味だった。
まるでビデオテープを巻き戻す映像を見ているかのように、
それは、シャーレの中で、「元に戻る」のだ。



今思えば、まさに禍々しい、としかいいようのない光景だった。
「生命」のもつ美しさとは、対極にあるような、醜い完全さ。

そんなふうにしか表現できないものが、あの細胞にはあったのだ。

けれど、私も、他の研究者も、ガスト博士でさえ、それに気づかなかった。

私達は、細胞のもつ脅威の再生能力に、すっかり魅せられてしまっていた。



「博士、この細胞を有効利用することができれば、
 どれだけ医療技術が進むか、想像もできませんね?」

「そうだね。あるいは、すでに壊死した細胞さえも生き返らせることができるかもしれない」

「すばらしいわ・・・・・」

「となると、死体も生き返らせることができるかもしれませんね。ふふふ」

・・・・・・。
宝条のこの言葉を、悪い冗談だ、と思ったものだ。
冗談ですまされない事態が待ち構えているとは思いもせずに。




イノチ、とは何か・・・・。

一番大事なものさえ、私達には見えなくなっていた・・・・・。



「しかし、これは本当に、『古代種』なんでしょうか?」

・・・・誰が言ったかは覚えていない。
たしかに誰かが一度はそう言った。

でも、その時の私達には、そのこと自体はもう問題ではなかった。


発見されたサンプルは、『ジェノバ』と命名され、
『ジェノバ・プロジェクト』がたちあげられたのだった。




その頃の私は、ほんとうに充実していた。

連日、残業続きになっていったが、辛いという気持ちは全くなかった。
研究に対する情熱が、何よりも優先して私を支配していたのである。
眠ることより、食べることより、
とにかく・・・・・研究室にこもっていることを、私は選んだ。











「・・・・・・顔色が悪い」

「え?」

神羅グループの本部に報告書を届けに行った時だったと思う。
私はエレベーターの中で、知らない男に声をかけられた。

黒ずくめの服。
髪の色も、瞳の色も、深くてつやのある黒の、なかなかのハンサムだったが。
その時の私の頭には、研究のことしかなかった。

「・・・私のこと?」

「ああ。身体には気をつけた方がいい」

「あら、ありがとう」

よくあるナンパか、とも思ったが、それにしては男の顔には愛想笑いのひとつも浮かんではいなかった。

エレベーターを降りた瞬間に、すでに私は彼の顔を忘れていた。



そんなわけだから、二度目に、彼、ヴィンセントと会った時、
私はしばらくは気がつかなかった。

「ガスト博士、研修室の警備担当が変わったので、御挨拶をしたい、ということですが」

「あ、そうか。いいよ、通して」

「ここに通していいのですか?機密だらけだというのに・・・・・」

「まあ、一見して何がどうとわかるはずもないしねえ。
 それに、研究室の構造もわかっていてもらわないと、
 いざというとき、警備係として役にたたないだろう?宝条くん」

「ふむ・・・・・・」



そうして紹介された警備係の責任者が・・・・・タークスのメンバーだった、彼、
ヴィンセントだったのだ。

「・・・・・また、顔色が悪くなっている。
 それに、痩せたな?」

「は?」

帰り際、そういわれてようやく私は彼の事を思いだした。

「あ・・・・あの時の・・・・」

「無理するのは、よくない」



前に言われた時は何とも思わなかったが、今度はちょっとむっとした。

警備係ごときに何がわかるの、私達は人類の未来にかかわる仕事をしているのよ、
・・・・・・そんなおごりがあったのかもしれない・・・・・・。



それからどのくらい後のことだったろう。

2週間くらいだったか、と思う。

その夜、私はひとりで研究室に残っていた。
いつもなら、最後までねばっているのは、宝条になることが多かったが、
たまたま彼が早めに帰ったので、
私はひとりのびのびした気分でデータの入力を続けていた。

深夜を過ぎて、少しした頃、急にコンピュータの画面が暗くなった。
一瞬、コンピュータそのものの不調かと思い、立ち上がりかけたとたん、
目の前のすべてが暗転した。

貧血をおこしたんだ、ということさえ自覚しないまま、
私は床に倒れてしまった、らしい。



気がついた時、目に入ってきたのは、いやにねずみ色をした殺風景な天井だった。
そこが研究室の休憩所だ、と気付いた時、
彼、ヴィンセントの顔が、私の視界のすみに入った。

「・・・・・大丈夫か?」

「・・・・・わたし・・・・・」

「物音がしたんで、のぞいてみたら、博士が倒れていたから・・・・」

「・・・・博士、って、私のこと?」

「博士じゃないのか?」

「え、まあそうだけど。
 とにかく、ありがとう。・・・イヤね、体力には自信があったのに・・・」

「・・・無理をしすぎるからだ」

「ええ・・・そうかもしれないわね」

・・・・さすがに素直にそう言うしかなかった。



「じゃあ、私はこれで」

「あ、まって。名前をもう一度教えて。
 ごめんなさい、一度聞いたはずなんだけど・・・」

ついでにもうひとつ素直になって、私は率直に聞いた。

「ヴィンセント・・・・ヴァレンタイン・・・」

「聖ヴァレンタイン・・・素敵な名前ね。
 私はルクレツィア。これからは、博士じゃなく、そう呼んで?
 ヴィンセント」

「あ?あ、ああ・・・・」

黒づくめの彼の頬が、少しだけ赤くなった気がした。

ハンサムだけど、女性とつきあうことには慣れていないのが
ありありとわかる表情・・・・。

不器用そうな、あか抜けないところに、私はかえっていい印象をもった。



そして私達は、「友達」になった。

誠実で優しい人なのは、一週間でよくわかった。

二週目には、ごく自然に、彼が私を部屋まで送ってくれるようになり、
三週目の週末、私がさそって、家で夕食をごちそうした。


この展開だと、いつかは彼のほうがもう一歩すすんだアプローチをしてくるのではないか、
と、私は思っていた。

けれども、何度うちで食事をしても、ヴィンセントはただ、
「おいしかったよ」と言って帰っていく。

別に期待していたわけじゃなかったけれど、
もしかしたら、彼には私と恋人どうしになるつもりがないのかもしれない、と思わずにはいられなかった。
それが、寂しい気もしないではなかった。

ところが。

その年の私の誕生日。

「これを・・・・・」

いつものように、夕食に招待したヴィンが差し出したプレゼントは
あきらかに高価だとわかる指輪だった。

「これ・・・・・・」

「結婚してほしい、ルクレツィア」

正直、びっくりした、というのがその時の気持ちだった。
うれしい、と思うより、そのほうが強かったと思う。
なにせキスひとつしたことがなかったのだから。


でも、私はその時、彼と結婚したい、と思った。
それは偽りのない思いだった。

胸を焦がすような恋をしたわけではなかったにせよ、
彼と生きていく未来を思い描いた時、たしかに私の胸は希望に溢れていたのだ。

私は、幸福だったはずだった・・・・・。






続く