ちゃちゃさんの作品




  6




その後も実験のペースは変わらなかった。

例の子供の事件は、極秘裡にはされたが、裏情報として伝わっているらしかったのに、
それでも志願者は後を断たなかった。

あの子供と同じような不治の病、というケースもあった。

でも、私達にも、もう覚悟ができていた。
どうやら、移植の結果には、個体差がかなり影響するらしい。
個体がジェノバ細胞に耐えられなければ、どうにもならないのだ。

中には体組織が耐えられても、神経組織が耐えられない場合もあった。
その場合は、肉体的には回復するのに、精神的に廃人になってしまう。

そういう結果を見るのは、ことのほか辛かった。
私だけではない。ガスト博士の表情はそのたびに暗く沈んだ。

「やはり、生まれながらに弱い者は、何をしても弱い、ということか・・・・」

「・・・・博士、以前から考えていたことがあるのですが・・・・」

「なんだね、宝条くん」

「生まれる前、つまり、胎児の段階で移植を試みたらどうなるんでしょうね?」

「・・・・なんですって?!」

宝条がそんなことを考えていたのは、私も初耳だった。

「無理でしょう?まだ安定していない胎児の体組織に、
 ジェノバ細胞なんか移植したら・・・・失敗するに決まっていると思うわ。
 そうですよね?ガスト博士」

「いや、羊水に特殊な操作をしたら・・・・
 あるいは可能性があるかもしれん・・・・」

「なるほど、さすが博士だ」

「・・技術的には、ということだ・・。
 たとえ可能だとしても、これはまさしく神を冒涜する行為じゃないかね?宝条くん。
 遺伝子の操作に類すると思うが?」

「・・・・科学者の言葉とは思えませんね。
 神など、この世に存在しないとわかりきっているのに」

「人々の心情を問題にしてるんだよ、私は」

「しかし・・・・遺伝子の操作も、病気の因子をとりのぞく場合は認められていますよ?
 それに、私達は劣性なものを抹殺しようとしているのではありません。
 ジェノバ細胞の効果によっては、そもそも劣性という考えかたすら必要のない、
 すばらしい時代がくるかもしれないのですからね」

「・・・・わかった。とりあえず、マウスでやってみよう」



こうして、レベル4計画がはじまった。



「どうだね、宝条くん」

「いいですね・・・!
 生まれた個体は、一見はふつうのマウスとまったく変わりません。
 が、すべてにおいて能力は高い。
 しかもですね・・・・。これを見て下さい」

「・・・・これは・・・?」

「個体の体表に傷をつけると、どのくらいで自然治癒するかのデータです」

「・・・ほんとかね、この数字は・・?」

「ええ。どうやら、ジェノバ細胞は、この個体の細胞と
 いい意味で共生しているようです。
 これはすばらしい結果が出ましたね!」

「そう、か・・・。よかった」

「博士の技術のたまものですよ」

「いや・・・・君の勇気ある発想がなければ、
 私はこんなことを思いつきもしなかっただろうと思うよ」

・・・・ガスト博士の言葉には、微妙な毒があった。

はたで聞いている私にもわかったのだから、宝条にもわかっただろう。

でも、成功は成功だった。

その後も、この方法で生まれた犬、猫、猿、すべてが健康で優秀だった。

ただ、予想しない副産物的な結果も出てきたのだが・・・・。

・・・・・それは、子供だけでなく、母体の寿命まで延びる、ということだった。



「あのマウス、全然老化しないんですって?」

「うむ・・・。古くなった細胞が、自ら再生するような徴候があるな、確かに」

「・・・それじゃ、この方法で子供を産んだら、不老不死になるわけ?
 たくさんの女性が殺到して志願しそうね」

私は冗談のつもりで言ったのだけれど。

「・・・君ならどうだい?」

「え・・・?」

・・・考えてもいなかった。

「そうねえ、でもやっぱり少し、恐いかしら」

そう答えた時、宝条の顔に、明らかな幻滅の色が浮かんだ。
私はそれに、少なからずショックを受けた。



たしかに、もしこのレベル4計画を人に応用するなら、
それは健康な女性でなくてはならない。
健康な妊婦で、実験台になろうと考える女が、はたして存在するだろうか?

そう思うと私以外に適任者はいないのかもしれない・・・・。

そこまで思いいたって、わたしはさすがに悩んだ。

あまりにも重大な問題だった。
たしかに、実験の結果はすべて明るい材料ばかりだ。
それに健康には自信がある。
これだけの激務にも耐えられることからしても、体力も十分あると言えるだろう。

それでも・・・・ことがことだ。
自分の中の恐怖とある種の嫌悪を、私は否定できなかった。

もっとも、それ以上に心にひっかかっていることがあった。

実験をうけるかどうか以前の問題だ。

・・・・もし子供を産むとしたら、
私はだれの子供を産むのだろう・・・・。

心の中で、結論はもう出ていたのだけれど。

私にはもう、宝条と離れる気持ちは全くなくなっていたから。

が、私はそれをヴィンセントに話すことが、どうしてもできなかったのだ・・・。











しかし、話さないではいられない日が来た。

・・・・・妊娠したのだ。

宝条の子供なことは、日数からいって間違いなかった。



そのことを宝条に告げると、彼はあっさりと言った。

「そうか。じゃあ、早めに結婚しないとな」

さして驚きもせず、当然という口ぶりだったので、私は罪悪感に胸が傷んだ。

「あの、私・・・・ほんとは婚約している人がいるの」

「ん?ああ、あのタークスの男か?」

一瞬、息がとまるかと思った。
それなのに、宝条の方はといえば・・・・。

「そんなこと、以前から知っていたさ」

「・・・私のこと、イヤな女だと思わないの?」

「なぜ?イヤなやつなのは、知っていて君を誘った私だろう?」

・・・・救われた気がした。

それに、何より宝条が「ほんとに私の子供か?」と、聞かなかったことが
私にとってはうれしかった。

信じていてくれている。
私は、愛されている。

・・・・・そう思ったのだ。

あさはかにも。

・・・・宝条が子供の父親が誰だか、疑わなかったのは、そんな理由じゃなかった。
後になって、それが身にしみるほどわかった。

彼にとっては・・・・・どうでもよかったのだ。

そんなことなど。





ヴィンセントには、宝条が話してくれることになった。

卑怯だとは思ったけど、ありがたかった。
彼の悲しみを、目の当たりにしたくなかったから。

どんなに彼が私を愛してくれているか、思うたびに私は苦しんだ。
胸の中に重い固まりを抱きつづけているかのような思いが
どんな時も私を解放しなかった。



ヴィンセントはこの時、私のところへ説明を求めには来なかった。
あっさりと私を見限った、というわけではない。

彼は優しすぎたのだ。
私を責めることすらできなかったのだろう。

・・・・そのことが、かえって私に激しい後悔の苦しみを与えたのだけれど。







「それで、実験のことだけど」

ヴィンセントの件が落ち着くと、宝条はすぐにきりだしてきた。
予想していたことではあった。

そして、その時はもう、私の心も決まっていた。

宝条が私のことをここまで受け入れてくれたのだから
私も彼の夢をかなえてあげよう、と。

「ええ、うけるつもりよ」

「そうか!!やはり君はすばらしい人だ!!
 私は幸せだよ。
 きっとこの子は人類の未来の希望になる。
 私と君という、優秀な遺伝子を受け継ぎ、ジェノバの恩恵をうけ、
 新しい人類として生まれてくるんだからな!!」



目を輝かせる宝条を見て、これでいいのだ、と、思った。

それに・・・・

そう、認めよう。

実験を受けようと決心したのは、宝条のためだけでもない。
私自身の野心のため、も大きな理由だった。

『新しい人類の母になる』

本気でそんな夢を見ていたのだ。



夢は時として、恐ろしい厄災をまねく。

大量破壊兵器を発明した人も、最初は希望にあふれた夢を描いていた科学者だったのだろう・・・・。



「ルクレツィアくん・・・・ほんとにいいのかね?」

「ええ、誰かが最初に勇気をもたなくてはどうにもなりませんでしょう?」

私は、凛と背筋を伸ばしてガスト博士に答えた。

「・・・・猿のデータから言って、まず成功は間違いないし、
 少なくても母体に悪影響はないと確信はしているが・・・・
 ただ・・・・」

「ただ?」

「生まれた猿の子供は、まだみな成長しきっていない。
 10年、20年たって、あの子供たちがどうなるかは、未知数だ・・・・・」

「・・・博士は、そんな先まで待てるんですか?」

「・・・・・」

「私は待てません。
 それに、ジェノバ細胞の性質からいって、悪い結果は迅速にあらわれるはずですわ。
 私の子供は、必ずすばらしい人生を送るはずです。
 私はそう信じています」

「・・・わかった。君がそこまで言うのなら。
 手術は早いほうがいい。
 データからいってもそのほうがいい成果が期待できる」

「はい。ではすぐ準備にかかります」

「ああ。私も、念には念をいれて準備にとりくもう」





準備にかかってすぐのことだ。

ヴィンセントから連絡がきた。
会って話したい、という。

・・・罵倒されるのを覚悟で出かけていった。

だが。

「ルクレツィア、実験のこと、ほんとなのか?」

ヴィンセントの第一声は私に対する罵りではなかった。

「ええ。極秘のはずなのに、やはり情報はもれるものなのね」

「警備係といえども責任者だから、ね。
 君とあまり顔をあわせないほうがいいと思っていたんだが、
 これだけは言っておきたくて」

「・・・・」

「お願いだから、自分を実験台になんかしないでくれ」

「実験台、って・・・・。
 ちゃんと安全性を考えてやってるわ。大丈夫よ」

「君は、ほんとうにそう信じているのか?
 私には信じられない。
 宝条くんに言われて、それで・・・・」

「違うわ!!
 あなたに何がわかるっていうのよ?!
 私だってプロジェクトのメインスタッフなのよ?!」

「しかし・・・!」

「あなたはたしかに優しい人だわ!
 でもね、わたしはあなたのそういうところがイヤなの。
 いつも私を保護しようとしてるだけで、
 ちゃんと対等に扱っていないわ」

「そんな・・・。そんなこと、一度も思ったこともない・・・」

「・・・・ごめんなさい。
 いいすぎたわ・・・・自分のこと、棚にあげて・・・。
 もっと私を悪く言っていいのよ。
 私はあなたを裏切ったの。それは本当なんだから」

「・・・・愛しているよ」

・・・・・。

いっそ、お前なんかどうにでもなればいい、と言われたほうがましだった。

愛しているという、その言葉は、これ以上ないほど私を断罪したから。

私は目をふせたまま、何も答えられなかった。


ヴィンセントが静かに立ち去っていってしまうまで、
ただただ、石になったように、わたしはそこで固まっていた。



この時が、踏み止まる最後のチャンスだったのに。








手術は、受けてしまえば簡単なものだった。

それはそうだ。

物理的には妊娠中絶よりも肉体に負担のない手術なのだから。

ただ。

麻酔から覚めた私は・・・・・
想像以上に自分の肉体に違和感を覚えた。

口ではとても説明できない。

不快感、とは違う。

それなら手術前の、悪阻の不快感の方がひどかったくらいだ。

そう、むしろ、妊娠中とは思えないほど、体調はよかった。
それは体重が増えてきても同じで、私は自分の体の重さをもてあますこともなかった。


おかしいだろうか。
それが私には奇妙なことにしか思えなかった。

そしてわたしは、ただただ・・・・不安だった。



「まだ・・・動かないの。おかしくないかしら・・・」

「個人差があるというだけじゃないか?
 産科の医者だってそう言っただろう?
 第一、エコー検査でもみただろう。子供は順調に育っている」

「ええ・・・」


不安は次から次へと私の胸にわきあがってきて、尽きることが無かった・・・・。





しかし、結局、子供は無事に生まれた。

出産に際しては、ちゃんと陣痛もあった。
激しい苦痛の中で、私はむしろその苦痛に安堵していた。

大丈夫・・・ごくふつうの出産だわ・・・と。

考えればおかしなものだ。
私はごくふつうではない子供を産もうと決心したはずではなかったのか。

・・・・おそらく、私は心のどこかでは知っていたのだ。

『人類の未来』を背負った子供などが、幸せになれるはずもない、と。






元気な産声が聞こえた時、私は今までの人生で味わったことのない感動を覚えた。

泣きたいような安堵と、高揚感で胸が熱くなる。

・・・・が。

なぜか、急に子供の泣き声が聞こえなくなった。

母子ともに健康ならば、すぐに子供を見せてくれるはずだ。

おかしい。何かが、とてつもなく奇妙だ。

・・・そうだ。宝条は?
さっきまでたしかにそこにいて、出産にたちあっていたのに。
私にねぎらいの言葉もないまま、あの人はどこにいったの・・・・?

どす黒いまでの不安が、さっきまでの幸福感にとってかわっていく・・・。

「・・・先生?
 どうかしたんですか?あの、赤ちゃんは・・・・?」

「ん?何も心配はいらんよ。宝条先生が連れていかれた。
 なにせ特殊事情のある赤ちゃんだからね」

「ま、まさか・・・?」

「いやいや、五体満足ですばらしく美しい子だよ。男の子だがね」

産科の医者の言葉に、安堵のあまり泣けてきた。

この時、私はまだ信じていた。

いや、信じていた、という言い方は正しくないかもしれない。

私は、私にとって都合のいい夢物語を、ひとりで空しくつむぎつづけていたのだ・・・・・。











「母乳を出すために、マッサージしますね」

・・・・そう言われたのは、出産後何時間したころだろう。

お産の前にいろいろな文献で調べたよりは、ずいぶん遅かったように思う。
でも、そんなことは問題ではない。

私はこの後、母乳を・・・・「採取」されたのだ。

「授乳」ではなく、「採取」だったのである。

「どういうことなの?!
 やっぱり赤ちゃんに何かあったの?!
 教えて!!
 私は母親なのよ?!知る権利があるわ!!」

「ええ、もちろんですよ。
 ただ・・・・宝条先生たちが、いろいろ検査をなさっているんですよ。
 特別な状況ですからね、慎重にしたほうがいいということなんでしょう」

・・・・釈然としないものがあったが、
たしかにジェノバ細胞の移植の結果は未知数な部分もある。

とにかく私は待った。

・・・・・・そうして。

ゆうに48時間以上がすぎてから、宝条は私のところに顔をみせた。

「ルクレツィア!!すばらしいよ!」

「ああ!!よかった!!
 ずっと会いたくて、待っていたのよ?
 なぜ早く来てくれなかったの?
 赤ちゃんは?! 元気?」

「元気だとも!!
 驚異的に元気、といってもいいくらいだ!
 皮膚をメスで切っても、一瞬で血が止まり、数時間後には元通りになるんだぞ!」

・・・・なんですって・・・?

「ま、待って・・・・・。
 あなた、あの子に・・・・メスで傷をつけた、の?
 なんの必要もないのに、実験のためだけに・・・・・?」

「ん?ああ、心配するな。
 あの子はおそらく、致死量の毒を注入されたところで簡単には死なないぞ。
 まさに奇跡、だ!!」

「じょ、冗談じゃないわ!!
 あの子は私達の子供なのよ?
 実験動物と同じに扱うつもりなの?!」

「・・・・何を興奮してる?
 あの子からデータをとる、ってことは承知の上だろう?」

「だからって・・・・わたしたちは、家族じゃないの?
 あなたはあの子を愛してはいないの?」

「ふ・・・くだらんな。
 まさか君は、私と君とであの子をはさんで遊園地に行くとか
 そういう愚にもつかない『家族』とやらをつくりあげたいわけか?」

「・・・・じゃあ・・・あの子は・・・」

「名前をつけたよ。
 セフィロス、というんだ。
 よい名だろう?伝統のある宗教からかりた名前で・・・・」

「そんなことはどうでもいいの!
 あなたは・・・もしや、あの子を私に育てさせない気なの?」

「・・・・・・・・・育てる?
 それは君があの子を抱いて乳をやり、風呂にいれてやり・・・・という
 そういうことを言ってるのかな?」

「もちろん、それを含めてすべてよ!
 ふつうの母親が子供を育てる時にする、すべてのことを、よ!」

「ふつうの母親、ね・・・・・。
 しょせん、君もその程度の女にすぎなかったわけか・・・・」

「・・・・・!!!」

「失望したよ。君の口からそんな言葉を聞くとは、ね・・・・」

「わ、わたしはただ・・・・!!」

「ふつうの母親になりたいのなら、好きにすればいい。
 どこぞの男といっしょになるでもなんでもして
 ぼろぼろと餓鬼を産めばいいさ。
 ・・・セフィロスさえいれば、お前はもう用なしだ」

「・・・ほ、本気で言ってる、の・・・・?」

「・・・・・まったく、やはり女はただの女だな!
 お前はふつうの女とは違うと思って、期待していたんだがな。
 ・・・・・・もう私の前に姿をあらわすな」



あまりにもショックで。
目の前が赤くなった。

それでも自分の中の気力のすべてをふりしぼって反論したのだけれど。

「私だって神羅の研究者の一員よ!!
 あなたひとりにそんなこと・・・・・!!!」

「ふん。
 プロジェクトの実権はもう私のものさ。
 ガストでさえ、私にはもう何も言えんよ。
 そういう意味ではお前には感謝しているよ」



・・・利用されていたのだ・・・・。

宝条は、母体がほしかっただけだったのだ・・・・。

いや、それは違うのかもしれない。
もし私が、宝条の言うように、わが子さえ実験動物として扱えるような、
そんな「特別な女」だったら・・・・・
宝条は私を捨てようとはしなかったのかもしれない。

でも。

はたしてそれは・・・・人なの、か・・・・・?











私の絶望は深かった。

私が失った愛は、宝条の私への愛だけではなかった。
私自身の宝条への愛も、粉々になって消え失せた。

私達はお互いに自分にとって都合のいい相手を夢見て、
お互いの傲慢を許してくれる、その幻の恋人に耽溺していたのだろう。

そうしてその夢が壊れてみると・・・・。

その夢がもたらした現実は、悪夢よりも残酷だった。



けれども私の中にはまだ、母親としての本能的な愛は残っていた。

私はあの子を・・・・セフィロスを、宝条のもとから救い出さなくてはならない。

・・・・そう思った。

迷った末、ヴィンセントに会いにいくことにした。
警備の主任をやっている彼の協力がなければ、あの子を連れ出すのは不可能だろうと思ったから。

だが。

住んでいたはずの部屋に、ヴィンセントの姿はなかった。

荷物や衣服はそのままなのに、急に姿が見えなくなったのだという。



いったい、彼はどこにいってしまったのだろう。
私はそれこそ必死になって聞いてまわった。

・・・・・まったく手がかりが見つからなかった。


何にせよ、ここまでぷっつりと消息が途絶えているのは変だった。



宝条が知っている・・・・そう思ったのは私の本能的直感だろうか。

しかしどう考えても、それを宝条本人に確かめるのは得策ではない。
わかっていたが、他に方法はなかった。









「顔を見せるな、と言ったはずだが」

「ええ、できるなら私もあなたの顔なんて見たくなかったわ。
 でもどうしても聞かなくちゃならないことがあるの。
 ヴィンセントはどこなの?!」

「ああ、あのタークスの男か?」

「そうよ。彼はどこに行ったの?
 いいえ、彼をどうしたの?何をしたの??」

「ふん・・・・お前もバカな女だな。いまさら気がついたのか。
 あの男といっしょになっていれば平凡な家庭とやらをつくれたのにな」

「そんなことじゃないわ。
 今でも彼は私の大事な友だちよ!!どこにいるの?!!」

「・・・・まあ、いいか。会わせてやるよ」





吐き捨てるように言った宝条が案内してくれた先は・・・・
神羅屋敷だった。

ニブルヘイムの町のはずれにある古い屋敷で、何年か前に神羅が買い取ったものだ。
宝条はここを気に入って、よく使っていた。
私自身も何度か行ったことがある。



でも、ヴィンセントはそこに住んではいなかった。

彼は・・・・地下の墓地に横たわっていたのだ・・・・。

「せっかくスペシャルな実験をしてやったのに、
 自分で意識を閉ざしてしまってな、使いものにならん」

「・・・・なんて、なんてことを・・・・・・・!!」

「お前とセフィロスのことを、人道的にどうとか、うるさくてね。
 おまけにプロジェクトの内容を人権擁護団体にぶちまけるとか息巻くものだからさ。
 ふふ。
 仕方がなかったのだよ」

「ヴィンセント・・・・!」



私の心の中で、最後の砦が音をたててくずれた。

この瞬間、私は悟った。

こんな悪夢の中にいても、まだ生きようとしていられたのは・・・
セフィロスを救い出して、自分とあの子の人生を立て直そうと
そういうふうに思って行動することができたのは・・・・

心のどこかでヴィンセントのことを思っていたからだ、と。

単に力になってもらえるかもしれない、という思いだけではない。

それでもまだ生きたいと。

そう思える唯一の理由が、ヴィンセントだった、と。


泣き崩れたまま、私は意識を失った。










次に目を覚ましたのは、研究室に付属する医務室のベッドの上だった。

「気がついたかい・・・ルクレツィアくん・・・」

「・・・ガスト、博士・・・・」

「すまない・・・・すべては私の責任だ・・・・」

「・・・いいえ・・・私自身が選んだんです・・・
 引き返すチャンスはいくらでもありました・・・・」

「ルクレツィアくん、悪いことは言わない。
 すぐにここから出て、どこかに身を隠したほうがいい」

「・・・・そうするつもりです。あの子を連れて」

「いや、それは無理だ。
 あの子を連れ出せば、神羅グループそのものを敵にまわすことになる」

「じゃあ、私もここに。
 あの子を守ってやらなくては」

「・・・・このままここにいては、宝条は君をも実験材料にしかねん・・・」

「・・・・!!」

「あれは・・・・そういう男だ。
 わかっていながら、早く君に忠告しなかったことも・・・・
 私は後悔しているんだよ・・・・」

「・・・・それも・・・・
 すべては私自身の・・・せいですから・・・・」

「あの子のことは、今はあきらめなさい。
 あまり無茶なことがないように、私が見張るから。
 ・・・あの子は特別に強い子だ。
 時期が来たら、君のことも話して聞かせよう」

「・・・・・はい・・・」





「特別」に、強い子・・・・・。

ガスト博士のその言葉は、あまり慰めにはならなかった。

・・・・・それはまるで、呪詛のように聞こえた。





ガスト博士の手引きで、研究室から脱出した私だったが、
身を隠すといっても、頼れる人はいなかった。

両親を早くになくしてしまった上に、いままでの生き方が禍いして
こんな状況で頼れる友人というのは・・・・
ヴィンセントを別にすれば、いなかったのである。

あてどもなくさまよううちに、ライフストリームの吹き出す場所にたどりつき・・・
・・・・・愚かにも私は身を投げた。



あれもまた、残酷な運命の導きだったのだろう・・・・。

・・・・死ぬかわりに、私はすべてを知ることになったのだった・・・・・。

ジェノバの真実。『空からきた厄災』の意味。

・・・・・これ以上うちのめされることなどないと思っていたのに。



衝撃のあまり、泣叫ぶこともできなかった・・・・・。

・・・・・狂ってしまいたかった。

・・・・・狂わないのが不思議だった。

でも、きっと・・・・天の意志とでもいうべきものが許さなかったのだ。
狂気という安息に、私が逃げ込むことを。












続く