第一章

      1

 西アルフォリシア大陸の東端に位置するネプトリア王国。広大な海と多くの湖を有するこの国を、人々は水の王国≠ニ呼んだ。
 その王都ネプトリアは、エルドア海峡に面した大きな港を有する海洋貿易都市であり、西の玄関口として栄えてきた街である。そのためネプトリアには東西大陸各地から人が集まり、大変な賑わいを見せていたが、帝国の東アルフォリシア併合により、現在は東との貿易、国交は断絶されている。
 また、帝国が西アルフォリシアに侵攻した際、最も攻撃にさらされる危険性が高いネプトリアからは離れてゆく者も多かった。

 以前に比べて少なくなったとはいえ往来の激しい公園通りを三人の冒険者が歩いている。

「あ〜あ、なんだか後味の悪い冒険だったな……」

 先頭を歩くエリカが呟いた。エリカは先日のミノタウロス退治を未だに気に掛けているようだ。

「お前、まだ気にしてるのか?」

 エリカの隣を半歩遅れて歩いているクニーRが言った。

「楽なわりにはいい報酬だったんだ。別にいいだろ」

 クニーRは村人から口止め料をたまんりとせしめてすっかり御満悦だった。

「そりゃクニーは金さえもらえりゃいいかもしれないけどさ……」

 二人の後ろに付き従うように歩くユリアは無言でそのやり取りを聞いていた。

「はぁ…なんか人生考えちゃうな……」

 エリカが感慨(かんがい)深げに溜息をつくと、それを聞いたクニーRが大げさに鼻を鳴らした。

「何だよ?」

 エリカは心外そうに口をとがらせた。

「ガラにもないことを言うな」

「勝手にあたしのイメージ決めないでくんない?こう見えてもデリケートなんだからね」

 エリカはそう言ったが、自分でこう見えても≠ニ言うこと自体、自分がどう思われているか心得ている証拠だった。

「あ、クニーさん!?」

 急な呼び掛けに三人は一様に振り返った。
 クニーRに声を掛けたのはフリルつきのメイド服を着た娘だった。娘は買い物帰りなのか大きな紙袋を抱えている。

「ん?ミクか」

 クニーRは娘のことを知っているようだが、エリカとユリアは初対面だった。

「誰さ?」

 エリカは肘でクニーRの脇腹をつついた。

「私、ミルク亭≠フミクっていいます」

 ミクは海浜公園の脇にあるミルク亭≠ニいう小さな喫茶店の看板娘だった。

「あたしはエリカ、賞金稼ぎさ」

「ユリアです」

 二人は簡単に自己紹介を済ませた。

「クニーさんの仲間の方ですか?」

「うーん…ま、そんなとこかな」

 エリカは一瞬ためらってからそう答えた。

 エリカとユリアがクニーRに出会ったのは今から二ヶ月程前だった。それから腐れ縁で一緒に旅をしているものの、正式にパーティーを組んだけではなく、仲間と言える関係かどうか迷ったのである。だが、否定するのもおかしいので取り敢えずそう答えておいた。

「いつネプトリアに戻ってきたんですか?」

「ついさっきだ。ミノタウロスを倒したんでギルドに賞金をもらいに行く所さ」

 クニーRは自慢げに語った。

「えっ!あのミノタウロスを倒したんですか!?」

 ミクは憧憬(どうけい)の眼差しでクニーRを見ている。

「ま、倒したのはあたしだけどね……」

 エリカはつまらなそうに呟いた。

「じゃ、後でお店にも寄ってくださいね」

 しばらく話した後、ミクは手を振りながら去っていった。

「相変わらず女の子には顔が広いんだね」

「まぁな」

 エリカの皮肉を額面通りに受け止めたクニーRは満足げに笑みを浮かべて歩きだした。

 

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